今日もKindleUnlimitedでこんな本を読んでみました。
・ 38憶年の叡智と繋がる未来を開く5秒の習慣 レノンリー先生著
5秒の習慣というのは正体礼法という礼の仕方で、正しい姿勢で礼をすると不思議な力が湧いてくる、というようなお話です。Youtubeの動画を駆使して説明されていますが、私はめんどくさいので動画は見ていませんし、正しい正体礼法は2人で確認してもらいながら実施しないと出来ない、ということで基本独りでいる私にはできない所業なので諦めました。
最初こそ、スピリチュアル寄りなのかな?と思いましたが、途中から苫米地先生寄りの話が出てきたので、すんなり読むことができました。その中で印象に残ったのは夢と志の違いです。
夢と志の違い
夢とは何か、例えば、社長になりたい、年収何千万になりたい、といった内容を想像されるかと思いますが、これは、自分の事だけを考えた内容になります。
志とは何か、例えば、この世から戦争を無くしたい、貧困をなくしたい、といった内容で、自分だけでなく、他者を含めたこの世の中全体を考えた内容をイメージされるかと思います。
苫米地先生風に言うと、抽象度の高い夢を持ちなさい、ということになるわけですが、まさに志とは抽象度の高い夢、ということになります。
個人的な自分の事だけを考えた”夢”では、競争はなくならず、他人の事は場合によっては蹴落として生きていく、ということになるわけで、世の中全体は幸せにはなっていきません。
できれば皆さんが”志”を持って生きていくことができれば、この世は良くなる、ということなのです。そういえば、MB先生もセミナーで志のお話をされてました。。
自分に志はあるのか?
というわけで、夢ではなく志を持つ必要があるわけですが、私に志はあるのでしょうか。。
私はミニマリストです、物を必要以上に持たない生活をしています、そして、必要のない物欲も持ち合わせていません。
ミニマリストという生き方から思うのは、現代は物に溢れすぎている、というように感じます、街へ行けば必要以上の物に溢れ、必要以上のサービスに溢れています。
選択肢が多いのは良い事ではあるのですが、必要以上の物はいったいどこへ行くのだろう?という疑問を常に感じるのです、私は雑貨屋の事を”ゴミ溜め”と称していますが、消費されない物はどこかへ捨てられるわけです。
このような無駄な消費社会で、環境などの持続可能性は維持できるのだろうか?と一時期考えたことがあります。
まだ使える車が大量にあるのに、新たに作られる車を選ぶ。まだ使える住居が大量にあるのに、新たに作られる住居を選ぶ。
すべて大量消費社会に洗脳されているだけです。
というような形で、うまく言葉にはならないですが、少しでもミニマリストという生き方が増えればエコな社会が実現するのではないか、という思いはひそかに思っています。
まずは夢→志を考える
私もしっかりとした志を持っているとはいいがたいのですが、テレビや雑誌等を見ているだけでは、志を持つことは非常に難しいと思います。
なぜなら、メディアは消費をさせようとしているからです。
個人的な夢の為の消費を、個人的な夢の為の競争を煽っているのです。
そのような環境に居続けていては志を持つのは難しいと思います、一番簡単な方法としては大手メディアから離れて、書籍を読む、というのが一番簡単な方法だと思います。
まずはテレビをリサイクルショップに売り払って、雑誌をBookOFFに売って、その売却金でAmazonPrimeに入会してPrimeReadingで本を読みましょう。
少しでも皆さんが夢→志へ移行されることを願って、、、参考になれば幸いです。
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