😤 負けても心が折れない?バイトを始めたらデイトレの負けが気にならなくなった理由

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今日、私がね、ぜひ皆さんと一緒に考えてみたいのは、**「やっぱり働いているとメンタルにゆとりができるよね」**っていう話なんです。

働いてるって言っても、私、今はフリーターみたいなものですけど、それでも「何もしない無職」だった頃とは心の持ちようが全然違ってきて。

特に、最近またデイトレードで負けた時に「あれ?全然落ち込まないぞ?」って気づいたんですよ。


デイトレで負けると、昔はヤバかった

以前、完全に無職だった頃にデイトレをやってみたんです。結果?まあ、大負けまくるっていうアホな結果なんですけど(笑)。

普通に10万円とかを負けるわけですが、無職で10万負けると、さすがに「このお金、どうすんだよ…」ってなって、すごく落ち込むんですよ。

1日で2万とか3万とか負けた日なんて、もう大変。「なんでこんなアホなことしてんだろ」「この飯食ってる場合か?」みたいな感じで、ものすごく自己嫌悪に陥る。もう、本当に心と胃が痛くて、そのストレスで痩せられるんじゃないかとか、逆に変なこと考えたりしてました。


📉 つい先日、また負けた

そんな私が、つい先日、またデイトレをやってみたんです。

そしたら、平均株価がめっちゃ暴落(というか1日だけですけど)しましてね。その日だけで、普通に3万円くらい負けたんですよ。

「おいおい、どうなってんだ、俺の運命は!」みたいな感じで負けたんですけど、あれ?って。

全然落ち込まなかったんですよ。

何が違うのかなって考えてみたんですが、これはもう、おそらく、やっぱりちょっとでも「働いている」か「働いていない」かの違いなんじゃないかと思うんです。


働くことで得られる「なんかやってんな感」

以前、完全に無職だった時は、朝から晩まで何をするわけでもなく家にいて、ずっとモヤモヤしていたんです。

でも、今はバイトでも週に数日でも働いている。ほんの少しでも、社会と接点を持っている。「なんかしてんな感」があるんですよね。

これがね、私にとってはすごく大きかった。

無職時代は、たとえ株で負けた時でも「あぁ、俺は社会の役にも立たずに家にいるゴミクズ野郎だ」みたいな感覚になりがちで、負けのダメージが精神的に倍増してたんです。

でも、今は違います。

株で1日3万負けたとしても、「いやいや、働いてちょっとは稼いできたんだから、まあ、いいか」っていう気持ちに、なんとかなれる。

これ、すごくないですか?**仕事をするって、すごいことですよ。**なんかそんな気がします。


ギャンブルの負けが「趣味の出費」になる境地

これは、サラリーマン時代にパチンコをする人の気持ちを疑問に思っていた時と通じるものがあるかもしれません。

たとえば、サラリーマンが土日にパチンコで負ける。なんで負けるのわかっててやるんだろ?って思ってたんですけど、今ならわかる。

サラリーマンは、平日に会社というコミュニティにいて、社会に貢献し(というテイで)、そこからお給料をもらっている。その「自分で労働して稼いだお金」を、土日にパチンコという趣味に使っているだけなんですよね。

趣味なんですよ。

競馬でもパチンコでも、たとえば5万円とか10万円負けたとするじゃないですか。それは、自分で頑張って稼いだお金を「趣味」に使っているという心の余裕なんです。

これが、私が無職でデイトレで負けた時と、バイトで5日間くらい連チャンで働いた後で負けた時の気持ちの差になってるんだろうな、と。


人間は「社会的な動物」だ

人間は「社会的な動物」だと言われますよね。

**「何もしてない」**っていうところにいることに対する精神的リスクって、実はすごく大きいのかもしれない。本当に誰の役にも立ってないな、なんて思いながら家にいるのは、結構しんどいんです。

社会のコミュニティの中である程度働いて、何か貢献していると感じられていれば、**「ここにいていいんだ」**っていう所属意識が生まれます。

無職で、所属するコミュニティがなくて、「貢献感」もない状況で、一人でデイトレをやって負けていた時は、本当に心が迷子になっていたんだと思います。

宗教のコミュニティなんかも、結局は「どう生きていいか分かんない」っていう悩みを解消するためのコミュニティなんですよね。そこに身を置いとけば、「あぁ、問題なく生きていけるんだ」「ここにいていいんだ」って安心できる。

これが、精神的な安定性をもたらすための、一番大事なことなんじゃないかって感じるんです。


💡 FIRE(経済的自立)後の人がバイトをする理由

だからこそ、今はフリーターとして「バイトをたまにやる」っていう精神世界に自分を置いています。一応「何もしてないんじゃない、働いてるぞ!」っていう精神世界にいるがゆえに、株で負けたところで「ふんふん」みたいな感じでいられる。

これって、ネットの記事とかでたまに見る、FIRE(経済的自立)した人であっても、仕事を何かしら(バイトでも)したくなるっていう話にも繋がるのかもしれません。

資産が生み出すお金だけで生きていける人がバイトをするのは、「何のために生きるか」という基盤を見つけられなかったからじゃないか。

**「自分の居場所(コミュニティ)」や「貢献感」**がないと、心の安定が保てない。

だから、仲間を作った方がいい、とか、事業をやる中でも師匠やメンバーを作っていった方がいい、って言われるのは、**「事業を大きくした時、自分がどのコミュニティに属していれば迷子にならないか」**という、精神的な安定のためでもあるのかもしれませんよね。


🖋️ 知識と体験は全然違う

話は少し変わりますが、これは「知識」と「体験」の違いにも通じると思っています。

仕事でも何でもそうですが、始める前に色々と学んで調べますよね。仲間を見つけろとか、辞めた後に何をするか決めておけ、とか。これ全部、後で「自分が人生の迷子にならないため」の準備をしろ、って言ってるんだと思うんです。

でも、いくら勉強しても、知識として知っていても、体験してみないと分からないことって世の中には溢れています。

たとえば、私は古民家のリフォームで電気工事を自分でもやっていますが、電気工事士の資格試験で習う配線と、実際の古民家の配線作業は全くの別物でした。

試験ではキレイな机の上でやりますが、実際の作業はスペースがないから頭と体を突っ込んで、体をくねらせながら作業するんですよ。全然違う。

デイトレも同じ。ネット上で簡単に勝ってるように見える人も、実際やってみるとめちゃくちゃ難しい。難しい作業をしながら、それをまとめてネットあげるなんて、もう超人ですよ。


まとめ:体験しないと分からないことだらけ

結局のところ、仕事でも投資でも、何かを始める前にどれだけ準備して調べても、知識としてはその通りでも、体験してみないと自分の気持ちがどうなるかは分からない。

私がデイトレでまた負けたけど、気持ちが落ち込まなかったのはなぜか。

それは、**「バイトもあるから、社会的な貢献感や居場所がわずかでもあるから」**ということを、今回の体験から見出すことができました。

無職もね、やってみるとわかることありますよ。サラリーマンはサラリーマンでやっぱりいい。でも、辞めてみて「やっぱりいい」って思えるなら、それも一つの大きな発見じゃないですか。

世の中は「体験してみないと分からないこと」だらけです。

やる前から「それは無理でしょ」じゃなくて、「やってみないと分からないよね」ってことが多々ある。

というわけで、これからも色々やってみようと思っています。また負けた話になっちゃいましたが、今日はここまで!

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