無職なのに罪悪感がない。20年前と今を分けた決定的な違い

無職の罪悪感、ある時とない時の違い

はい、今日は無職の罪悪感について考えてみようと思います。私はこれまで2回ほど無職になった期間があるのですが、その時の罪悪感がまるで違うんですよね。

20年前、罪悪感まみれの無職期間

まず、今から20年ほど前のこと。20代で、当時の奥さんの実家に住んでいました。奥さんは働いているのに、私は無職で家にいるという状況です。奥さんは実家に少しお金を入れていたようですが、私は生活費も食費もすべて義理の両親にまかせっきりでした。当時の私は、まさに「何もせずにのうのうと生きている」という状態でしたね。

ご飯は3食出てきて、お風呂もトイレもエアコンの効いた部屋もある。すべて義理の両親の収入が担保してくれていたんです。 衣食住が完全に確保されている、すごく恵まれた環境だったんですけど、これが本当に辛かった。誰にも依存していない状態とは真逆だったからでしょうね。

その罪悪感から、一応ハローワークには真面目に通っていました。就職相談をして、応募して、面接にもちゃんと行きました。でも、そんなに毎日面接があるわけでもないんで、それ以外の時間は家にいるわけですよ。奥さんの母親は専業主婦だったので家にいて、これがまた気まずいんですよね。

だから、何をしてたかっていうと、「勉強しているフリ」じゃなくて、本当に勉強してました。当時のインターネットは通信速度が32kbpsとかで、YouTubeなんて見れたもんじゃない時代です。だから、本屋で電験3種っていう難しい資格の本を買って、机にスタンドライトを置いて勉強するんです。まあ、全然わからなくて苦痛でしたけど(笑)。家にいるときは「ゲームしてるんじゃなくて、勉強してますよ」というアピールみたいな感じでしたね。


そして現在、罪悪感ゼロの無職期間

そして現在、私は仕事を辞めて好きなことをやっているわけですが、今回は不思議と罪悪感が全くないんです。20年前の、義理の両親に依存していたときのような嫌な気持ちが全くない。

これも、衣食住が確保されている状態には変わりはないのですが、決定的に違うのは**「誰にも依存していない」**ということなんです 

今は私名義の持ち家に住んで、食事や生活費も私の貯蓄から出しています 。自分で稼いだ貯金で生きているわけですから、これは「自分でなんとかしている」という状態です 

お風呂に入るにしても、トイレを使うにしても、部屋の掃除から風呂掃除まで全部自分でやっています 。誰にも依存せず、自分の力で生活している。この差が、罪悪感の有無につながっているんだと思います。

もしあなたが今、会社を辞めて罪悪感に苛まれているなら、それは誰かに依存して生きていかなければいけない状況なのか、それとも自分が準備したもので生きていける状態なのかを考えてみてください。

きっと、その答えが見つかれば、無職ライフも苦しむことなく楽しめるはずですよ。

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