ミニマリストに買い溜めは必要ない、そもそも、置く場所もない

ミニマリズム
広角レンズはなかなかよいですね

週末の不要不急の外出自粛依頼、なかなかに終末の様相を呈してきた。

スーパーやドラッグストアには買い溜めをする人達がレジに並ぶ、私はポテトチップス1袋を買うためだけに、その行列に巻き込まれる。

80円程のお菓子をPaypayで払うだけなのに、現金やらポイントカードやらを提出していろいろとやりとりをする人達、そして、買い物かごには大量のインスタント食品や冷凍食品。

なんの意味があるのだろう、家に引きこもると言っても、週末家にいるだけならば、普段そんなに食材は買いこまないはずだ。

みんなそれほど週末は外に出かけるというのか、不思議な人達である。

ミニマリストの私には、買い溜めは必要ないのである。

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みんなが買い溜めをするからモノが無くなる

なぜトイレットペーパーが消えたのか、これはまさしく、みんなが買い溜めをしたからである。

普段は必要な分だけをそれなりに購入していたはずだ、なのに、無くなるというデマに踊らされて皆が買い溜めに走る。

皆が余分な量を買うからなくなるのだ、普段供給されている分量で足りているはずなのに、無くなるというのは完全なる集団心理だ。

今、皆の家には大量のトイレットペーパーとティッシュが山積みになっている、何時なくなるともしれないモノが部屋ないのスペースを侵略しているのである。

なんともムダだとは思わないだろうか、冷静にさえなれれば、部屋内にトイレットペーパーの侵略を許す事は無かったろうに。。

食材を買いこんでいつ消費するのか

インスタントラーメンや冷凍食品を買いこむ、確かに賞味期限は長い為にいつまでたってもおいしく食べる事はできるだろう。

しかし、普段それほどインスタント食品や冷凍食品を食べるのだろうか、週末を乗り切る為に買い溜めする必要があるのだろうか。

こちらも集団心理である、無くなるかもしれないという恐怖が皆を買い溜めに走らせる、その結果、必要な人にいきわたらなくなる。

みんな自分がかわいいのだ、自分だけが食にありつければいいと思っているのだろうか、なんとも嘆かわしい。

ミニマリストの私の部屋にあるものとは

私はミニマリストをやっている、現在私の部屋にあるトイレットペーパーは1ロールだ、そして、ティッシュはポケットティッシュ1個だ。

いつもこの1ロールが無くなる頃に、トイレットペーパーを買いに行く、なぜなら、必要な時に必要なものを手に入れるべきと考えるからだ。

皆が不要な恐怖に駆られて買い溜めをしなければこのようなルーティーンで回るはずなのだ。

私の部屋んはある食材は、玄米とインスタントみそ汁とプロテインだ、これらも無くなる頃に買い直すだけだ。

買い溜めなどは絶対にしない、というか、出来ないと言った方が正しい、余計な食材を置いておくスペースなどはないからだ。

皆、巨大な部屋に住み、大量の食糧を確保する事が出来るゆえに買い溜めをしてしまう、狭い部屋に住めば買い溜めをしようという気にもならないのだ。

ジャストインタイムはどこへ行った

トヨタ生産方式で良く聞く言葉がある

・ジャストインタイム

必要な物を必要なときに必要な量だけ供給する、という生産方式だが、これは、製造業にとどまらない。

普段の生活であってもジャストインタイムを採用してもいいはずだ、必要な物(ティッシュ等)を必要な時(無くなった時)、必要な量(1Box)手に入れれば事足りるはずなのだ。

ミニマリズムは普及しないのか・・・

原始時代は常に食糧を追い求めてさまよっていた、その頃は蓄えるという発想は無かったはずだ、その後の農耕社会の始まりにより蓄える事が始まった。

たしかに、農耕の発達によって餓えから少なからず解消されて文明が発達してきたのだろう、ならば蓄える事は正義なのかというと、、

今は時代が違う、現代日本に食糧不足は存在しない、社会保障制度により餓えは克服されている、そのような時代になぜ買い溜めをするのだろうか。

自分だけが良いという利己的な考えが浸透しているが、今や、自分に必要な分だけ、必要なときに、必要な量で、ということは実現できる。

少しでもミニマリストが増えればトイレットペーパーが消えたりティッシュが消えたり消毒液が消えたりマスクが消えたりすることは解消されるかもしれない。

ミニマリスト生活は意外と楽しいものだ、ぜひ体験してみてほしい。

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