生命保険を葬式代と考える人もいるらしい

 私は結婚していたころから生命保険というものをかけていなかった、医療保険(ガン保険含む)も途中から辞めてしまった。

 生命保険に至っては、私が死んだところで元妻はフルタイムで働いているから一人で生活は十分していけるからである。

 そして、実際に今は離婚して一人でなんなく暮らしている。。

 そんな中、一人暮らしにも関わらず生命保険をかけている人がいる事を知った、必要ないのになんで生命保険をかけているのと聞くと

 「残った家族へと自分の葬式代」

 というのである。。

 

スポンサーリンク

考え方の違い

 私は残った家族へ生命保険を渡そうなどと考えた事はない、確かに親には大学の費用やそれまでの生活を支えてもらったのであるが、それを返す気はない。(ごめんなさい・・・)

 ましてや兄弟に何か金銭を渡す必要も無いと考えている。

 ただ、上記の生命保険の人は残った家族に対してお金を残そうという思想なのである。

 家族愛というものであろうか、私にはない感情である、人によって考え方が違うものである。

 

資産の有無

 家族に生命保険代を渡す、という考え方を聞いたわけであるが、その人は良く聞いてみるとまったく貯金が無いということであった。

 となると、資産の相続というものがない為に生命保険で代替えして葬式代の足しにしてもらおうという考え方も見えてきた。

 一方の私はというと、貯金もあるし多少なりとも資産があるので、親や兄弟に相続する資産があるということなのである、葬式を出したいのであれば相続する資産で賄ってくれ、という思想である。

 まさかの貯金ゼロという事態を私はまったく想定ができなかったわけである、私は常に会社をクビになってもいいように半年分の生活費は貯金として持つようにしている。

 そのような思想の無い人もいるという事である、人というのはいろいろである。

 

自分の死んだあとなどどうでも良い

 ついでに言うと、私は自分の死んだあとの事などどうでも良いと思っている、葬式も別に出そうが出さまいが、自分が死んだあとであればわからないのであるから、どっちでも良いのである。

 生命保険の人は、残った人に迷惑をかけたくないと言っていた、わからないでもないが、自分がいなくなった後に他の人にどう思われようが全く関係ないと思うのだがどうだろうか。

 少し話は変わるが、とある人にどうしても謝りたい、などという感情は結局は自分の自己満足である、謝られた本人は過去の事など忘れてしまっていてどうでも良い可能性だってある。

 他人がどう思っているかなどは正確にはわかりようがないのである、周りの人に直接言われるのならまだしも、自分が勝手に妄想してもしかたがないのである。

 私の場合はまだ生きそうな為に家族から死んだ後の事を言われた事はない、葬式をしたくないならしなければよいと思う、やりたいなら相続した資産を足しにしてもらえばいいのじゃないだろうか、その時に私はもういないので私の思いも感情もクソもないのである。

 

一人暮らしの生命保険戦略

 以上のように考え方の違いにより、独り暮らしの場合の生命保険加入の有無が決まる。

 ・家族愛に満ち溢れ、貯金が全くなく、自分の葬式を出してほしい人

 →生命保険に加入し、残された親族に保険代が残されるようにする

 ということである、一方

 ・自分が死んだ後の事はどうでもよい、だが、貯金や資産は持っている

 →生命保険は不要、残された親族にお任せ、葬式出したい場合は相続した資産で足しにしてください

 というような感じであろうか。

 生命保険というのはなんといっても、自分が死んだらお金が儲かるというなんともむちゃくちゃなギャンブルである。

 小さな子供がいるような家庭であれば有効に機能するであろうが、独り暮らしや夫婦二人の世帯において生命保険料金というのは非常にムダな出費だとは思うがいかがだろうか。

 ・・・そういえば上記の生命保険の人はもともとはパチンコ中毒であったらしい、要するにギャンブルが大好きなのである、そう考えると生命保険という自分の命を懸けたギャンブルにかけるという考え方もあるのかもしれない。

独り言
スポンサーリンク
アラフォーミニマリストの独り言

コメント