豪勢な部屋に慣れると狭い部屋が寂しくなる、いい生活とは何か

 中国出張中に宿泊していたホテルは広大な部屋であった、巨大なダブルベッドにソファに椅子にテーブル、テレビにクローゼット。

巨大な客室

 日本のビジネスホテルとは異なる巨大な部屋である、これで朝食付き一泊5000円弱なのだからお得である。

 8日ぶりに帰国して、自分の狭い部屋に入った時、何か寂しい気分になってしまった。

 豊かさとは何なのかとふと考えさせられてしまった。

 

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ホテル住まいの快適さ

 日本のビジネスホテルに泊まる事も何回かあるが、泊まっても2,3日である。

 今回の中国のホテルに関しては7泊したことになる、7泊もするとどうやら慣れてしまったようだ。

 巨大なベッドで就寝し、机の上でパソコンを使い、ソファの上で読書をする。

 朝食はホテル内にあるレストランで毎朝バイキングスタイルで食べ、日曜日はホテル内にあるフィットネスジムで筋トレをする、そして、毎日部屋は掃除され、タオルは新しい物に交換される。

 勤め先の仕事の出張とはいえ、こんな生活を優雅な生活というのであろう。

 つまりはホテル住まいという豪華な生活を7日間も体験してしまったという事である。

 このような生活をした後、自分の部屋に帰ってきて思った事は、なんと狭い部屋なのであろうという、何とも言えない寂しさであった。

 

豊さとは何なのか

 私の部屋は5.5帖のワンルーム、3点ユニットバス(バストイレ一緒)タイプで洗濯機は狭いベランダに置いてある。

 部屋を訪れた人からは驚きの声が上がる部屋の狭さと何もなさであるが、私にとっては必要十分な部屋であった、はずである。

 その部屋がなんとみすぼらしく見える事か、以前実家の両親に現在住んでいる部屋の様子を伝えたときに言われた言葉がある。

 「もっといいところに住みなよ・・・」

 正直何のことを言っているのかわからなかった、まったく不自由なく暮らしていたからである。

 確かに、今の部屋に住む前は、3LDKのマンションに住んでいた。

 広く綺麗なマンションで気密性も高く、冬でもさほど寒くない快適なマンションであった、そこから今の狭い部屋に移り住んで、特に何も思う事はなかったのだ。

 しかし、もしかしたら新しい生活、という思いで気持ちがマヒしていたのかもしれない。

 

生活水準を上げる事の危険性

 今回のホテル住まいで感じたのは、やはり生活水準を上げるという事は危険極まりないという事である。

 一度狭い部屋に住む事になんの違和感もなかった私の脳みそが、広いホテルの一室で暮らす事により、我が家の狭い空間に違和感を生んだのである。

 人は慣れるのである、快適な生活に慣れてしまえば、元の生活に戻るにはそれなりの努力を必要とするのである。

 このことは住む場所に限らない、上等な洋服や、分不相応な高級車、不必要な習い事など、沢山お金がかかる事だけではなく、例えばNETFLIXのプレミアム会員などの細かいサブスクリプションサービスも内容としては同じである。

 

元に戻る為には

 自分の部屋に戻ってきて感じた違和感を払拭する為に私が考えたのは単純な事である。

 ホテルの1泊の料金は5000円、これが30日だといくらになるのか?と考えた。

 5000×30日=15万円である。

 月15万円のところに住んでいたのだ、それは快適に決まっている、私の現在の住まいは月2万5千円である。

 この数字の比較により、一瞬で現実世界に戻る事ができた、数字は嘘をつかないのである。

 生活水準を上げてしまって戻れない人は、冷静に数字を確認する事をお勧めする。

 家賃の比較、食費の比較、習い事によって得たものは何か、冷静に数値化する事で必要な物と必要無い物がはっきり見えてくるはずである。

 

相対的ではなく主体的に見る

 豊かさとは何なのか、両親に言われた、もっといいところに住みなよ、というもっといいところとは何なのか。

 一体何と比べていいところだというのか。

 比べてしまえばきりがない、高級な住まいと比べれば上は際限なく上があるし、下は下で際限なくある。

 比べるという行為自体が無意味なのであろう。

 3LDKのマンションに住む事も、5.5帖のワンルームに住む事も、自分の考え方次第である。

 自分が何かと比べる事なく主観で評価するべきなのである。

 何が必要で、その必要な物はそろっているのか、自分で評価すればよいのである。

 そんな事を考えさせられた8日間の中国出張でありました。

ミニマリズム
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