平凡な人間がちょっとだけ変わる為にしたちょっとした事とは

 我ながら思う、私は平凡な人間だと、学生時代特に賞をもらう事もなく、運動に秀でるわけでもなく、勉強に秀でるわけでもない。

 ただ、それなりに平均以上はできたというだけである。

 その平均以上であるという事において、今振り返ってみるに、結局何も突出したものは無いという事に気づく。

 ルックスは悪くないから結婚もした、子供はできなかったが、マンションも購入してローンをそれなりに払った。

 今は離婚をして、ワンルームの安いアパート暮らしである、年収は500万円くらいで生きていくのになんの支障もない、まあ、現代でいえば平凡と言えば平凡であろう。

 そんな平凡で何も成していない人間が少しでも変わろうと思ってやっている事を挙げてみる。

 

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家計簿を付けている

 私はGoogleスプレッドシートで収支を付けている、エクセルで付けている時代から考えると恐らく10年以上は付け続けているだろう。

 この家計簿により、自分が何にお金を使っているのかをある程度把握し、節約のネタにしている。

 ちなみに、今の節約のトレンドは服飾費と食費である、交際費を削るのは諦めてしまったので、削れるのは上記2点である。

 服飾はユニクロのワゴンセールのみ、食費は基本スーパーの割引弁当である。

 かわいそうなわけではない、どこに注力するかだけの話である。

 

テレビを手放す

 独り暮らしをするにあたって、テレビを手放した。

 テレビを手放す事の効能は多岐にわたるが、意外なところで言うと、

 ・世の中の女性がみなかわいく見える

 という現象が起き始めている、どういうことかというと、テレビに出ている女性というのは基本的にかなりレベルの高い女性達である。

 さらに最近のテレビは画質も向上し、非常に臨場感のある映像が見られるようになった、その臨場感のある映像できれいな女性を見るものだからして、この世にはきれいな女性ばかりであると勘違いしているのである。

 テレビを見なくなると分かることがある、テレビの中にいるような女性はその辺にはほとんどいないという事に。

 となるとどういう事が起きるかというと、自分の女性に対する基準が下がるのである、女性の綺麗の基準が下がるという現象が自分の中で起きるのだ。

 これがテレビを手放す事による、意外な効能である、面食いの方は試してみると良いかもしれない。

 

ブログを書いている

 誰も読まないブログはクソである、確かにその通りで私のブログもその類の物である。

 当初はブログで儲けている人に憧れて俺も、みたいな事を考えた、やってみてわかったが平凡な自分には能力が足りない事に気づいた。

 そのことに気づいてからは気楽なものである、趣味とすればよいだけだからである、趣味であればお金を稼ぐ必要はない、誰かに役に立つ必要もない。

 そのマインドになってからは、非常に書くことが楽になった、儲からないなら書く必要がないのでは? ではないのである、ただの趣味だから毎日書くのである。

 とは言え、それなりに自分をだましてはいるのであろうが、まあ、才能の無い自分に言い訳を探しているだけなのだが、それはそれでいいじゃないか、平凡な人間のちょっとした変わろうという意志なだけなのだから。

 

アルバイトを始めた

 独り暮らしは暇である、となればすることは一つ、アルバイトである。

 昔家庭教師のバイトをしてみたが、あれは本人に勉強の意思がない限り無理ゲーである事がわかったからもうやりたいとは思わない。

 テーマパークバイトもやってみたが、不自由であるからもうやりたいとは思わない。

 昔やった引っ越しのバイトは面白かったが、肉体労働はしんどいからもうやりたいとは思わない。

 コンビニや居酒屋は最後の手段として取っておきたい。

 という事で、私が始めたのが街コンのスタッフバイトである、これがなかなか楽しいバイトである。

 難点は人が集まらないと開催されないところであるが、まあそれにしても月に1万円程度の収入になり、土日の暇つぶしにもなるので良いバイトである。

 街コンにやってくる人達は私のように平凡な人もいれば、特徴のある人達もいる、平凡な私が刺激をもらえる貴重な場である。

 

プチ不動産投資を始めた

 ボロマンションの一室を購入し、自分で壁紙を貼り変えて、パネルフロアを貼り、賃貸に出すという事をやりだした。

 収支としては、月2万弱であるが(初期投資分を除く)、平凡な自分でもお金を使って何かを始める事ができるのだと知る事ができた。

 ポイントとしては、独り身になった事で自分のお金が自由に使えるということである、結婚していた頃は、100万円以上のお金を自分の好きなように使うことなどできなかった。

 それが独り身であれば誰に相談する事もなく自由に使えるのである。

 これが自由ということであろうか、結婚生活15年、ずっと小遣い制で生きてきて、ちまちまと自分の小遣いを貯めて、自分の好きな車を買うのがささやかな喜びであった。

 それがどうだろう、今や車はボロい中古車となり、お金は使うのであればプチ不動産に向けるようになった。

 平凡な私が考え方を少し変えるだけでお金の使い道が変わったのである。

 

その他SNS

 ツイッターやYoutube、インスタ、この辺りのSNSに関してはあまりにも才能が無いという事がよくわかった。

 平凡な自分には向いていないのである。

 平凡な人間の平凡な日常、平凡な思想、平凡な生き方を誰が気にするというのか、己を知るにはよいツールかもしれない。

 

他にもあるだろうが、習慣化していてわからない

 他にも何かちょっとした事はやっているはずだが、当たり前になっていて気付かない内容もありそうだ。

 他の人には努力でも、自分にとっては習慣化されていれば努力でもなんでもない。

 上記に挙げた内容も実践できていない人にとってはハードルが高い内容もあるかもしれないが、やってみれば大した事はない。

 平凡な私が中途半場な知識で、適当にやってもできる内容である。

 中途半端は大成はしない、これは間違いない、しかし、平凡な中途半端な人間の生き方というものもあるとは思う。

 何かを成し遂げたいという思いは確かにある、成し遂げられないのは逃げているだけなのもわかっている、それでも、中途半端になってしまうのが人間のサガというものなのである。

 そんな平凡な人間の平凡なつぶやきでありました。

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